淡路島暮らしを決めるまで(6)完結☆

思いがけず送っていただくことになった一つのアート作品がきっかけで、
最初の奇跡的な出会いが導いてくれた倉庫のお家にしよう!という気持ちが固まってきました。
それでも、朝目が覚めるとまだ何かがひっかかる感じがします。

ちょうどその頃、パートナーのお箸が一本見当たらなくなったり、
自転車の鍵が忽然となくなるという
ちょっと気になることが立て続けに起こっていました。

これは何か見逃していることがあるに違いない!と直観的に思ったのですが、
それが何かはっきりしないまま数日が過ぎていました。

そんな2月も終わり頃のある日、お友達がセッションに来てくださいました。
セッションが終わって、お茶を飲みながら話をしている中で、
住吉大社に行きたいけどなかなか行っていないという話題になりました。

そう言えば、今年はまだ一度も住吉大社にお参りに行っていなかった!

大阪に引っ越す前、家を探している最中に住吉大社にお参りに行ったら
その直後にいい物件に出会ったこと。
引っ越し後、しばらくはちょくちょく住吉大社にお参りに行っていたのに
今年は初詣に七福神巡りをして、住吉大社に行かずじまいになっていたことを思い出しました。

善は急げ!すぐ住吉大社に行こう!

そこで、パートナーと自転車で幼稚園にお迎えに行き、
その足で住吉大社に向かいました。

大きな太鼓橋を渡りながら、2011年11月に初めて住吉大社に来た時のことを思い出しました。
当時、橋を怖がって抱っこをせがんでいた息子も、今は元気に一人で橋を渡っています。

お参りをする前に、手水舎でお清めをしようとしたとき
手に取ったひしゃくに目が釘付けになりました。

なんと、そこには寄贈者として
倉庫のお家の大家さんと同じ名字が書かれてあったのです!

住吉大社にバシッと太鼓判を押されたような気がして、
倉庫のお家に引っ越すことへの迷いが一切なくなりました。
住吉さん、ありがとうございます☆

皆でホッとして家に帰ると、テーブルの上に一本のボールペンがありました。
それは、半年くらい前になくなっていたボールペンではありませんか!
まるで何かを気づかせてくれるために、かくれんぼをしていたみたいです。
もしかしたら淡路島に引っ越した後で、なくなったお箸や鍵が出てくるのかも♪

(3/22 14:25追記:
物件の契約をした翌日、このブログを書いた後でなくなったお箸が出てきました!
ほんとに不思議なことってあるものですね☆)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

という訳で、
予想以上に長くなってしまった「淡路島暮らしを決めるまで」シリーズは終わります。
読んでくださった皆様、ありがとうございました☆
また、こうして振り返ってみると、
淡路島暮らしを決めるまでに実に多くの方々にお世話になったんだと改めて感じました。
本当に感謝の気持ちでいっぱいです。

引っ越し後は、淡路島での生活や日々の気づきなどを綴っていきたいと思いますので
今後ともよろしくお願いいたします♪


昨日(3/21)の淡路島からの帰り、明石海峡大橋からの夕陽。
津井の大家さんのお家でランチをごちそうになり、
物件の契約をしてきました。
いよいよ来月から新生活が始まります♪


Categories: インスピレーション, 淡路島暮らし | 投稿者 arciel | 09:55 | 6件のコメント

淡路島暮らしを決めるまで(5)

翌朝目を覚ましてみると・・・
不思議なことに、あれほど気に入っていた晴美が丘のお家は砂の城のようにサーッと崩れ去ってしまったように感じました。
しかも、倉庫のお家までもが煙のようにおぼろげになって、今にも消え入りそうでした。

残っているのは、はるか遠くに見えるニュージーランド。
今この時点と、ニュージーランドとの間には雲のようなものが横たわっていて
ここからどうやってあそこにたどり着くのか、もはやわからなくなっていました。

ただ確かなことは、昨日「キラキラスポット」で見かけた一人の女性。
農作業着で、しゃがんで庭仕事をされている後ろ姿に思わず声をかけたくなりました。
それから、その向かいにある瓦の焼き釜。
夏に初めて通りかかったとき、ここで瓦を焼いてみたい!と思ったこと。
この2つだけは、私の心の中で変わらない輝きを放っていました。
「津井」にこそ、私たちが淡路島に住もうと思った何かがあるのは間違いないのです。

その日は、京都の片野ふくこさんが出品する展覧会を見に行く予定だったので、
とり急ぎ車で京都に向かいました。
(その時の展覧会の様子は「京都の一日と初めて描いた四角」にて)

ギャラリーに着いて片野さんとの再会を喜び、
展示されている数々の作品を拝見していると
ふと、玉ねぎの皮で染められたスカーフに目が留まりました。
それをきっかけにその作品を作られた佐々木好子さんとの会話が始まり、
佐々木さんは気さくにご自分の作品集のアルバムを見せてくださいました。

その中で、色とりどりの羊毛で作られた作品を見かけたとき、
思わず「わーきれい☆」と声を上げていました。
すると、佐々木さんは間髪入れず「あなたにこれを差し上げるわ!」とおっしゃったのです!
あまりに突然のお申し出に驚きましたが、
私がこの作品を一目で気に入ったのをとても喜んでくださって
家に眠っているこの作品をぜひお譲りしたいとおっしゃるのです。
なんという思いがけず嬉しいご提案☆

その瞬間、この作品を倉庫のお家に飾ったら素敵だろうなと感じたのです。
倉庫だからこそ、自分たちの感性でいろいろ工夫ができるかも!

今にも消え入りそうだった倉庫のお家の可能性が、一気に現実味を増してきた瞬間でした。

(続く)


後日、佐々木さんが送ってくださった作品「四季」。
春夏秋冬の景色を様々な色の羊毛で表現されています。
このご縁に心から感謝いたします☆


Categories: インスピレーション, 淡路島暮らし | 投稿者 arciel | 11:34 | コメントはまだありません

淡路島暮らしを決めるまで(4)

右へ曲がるところを、間違って左に進んでしまった私たち。
Uターンする場所もなかったのでひたすら坂道を登って行くと、
広い敷地にきれいな家が建ち並んでいる、美しい別荘地に入り込んでいました。

瀬戸内海を見渡す丘の街、「晴美が丘」。
以前、淡路島の物件を探し始めた時にHPで見かけて、
こんなに素敵なところがあるんだ〜と一瞬憧れたものの、
賃貸物件はないので、私たちには縁のない世界だと思っていたのです。

駐車場に車を停めると、管理棟から男性が出てきて
「ちょうど今日、ショールームを新しくしたところだったんですよ!
よろしかったら中でコーヒーでもどうぞ」と案内されるままにショールームへ。

せっかくだから説明だけでも聞こうか、ということになって晴美が丘のシステムを伺って、
車で街を案内してもらいました。
広々とした敷地に、個性豊かな家々が立ち並んでいるその様は、まるで外国の風景のよう。
夢のような世界にぼーっとしていると、
「ちょうど今、一軒だけ中古物件があるんですよ」と、一つの家に案内されました。

そこは、吹き抜け2階の広々したログハウスで、中には薪ストーブやブランコもありました。
しかも、2階の窓から見渡す瀬戸内海の風景にビックリ☆
私がいつも夢見ていた、「海を見下ろす家」という理想の環境そのままだったのです!
庭には家庭菜園のできるスペースもあるし、バーベキューコーナーまであって、
自分たちで家をセルフビルドするとしたらこうしたいね、と話していたすべてがここにありました。
あまりにも感動してほわーっと夢見心地の私。
もう、ここを買ってしまっていいんじゃない!?という気持ちがぐーっと高まりました。

とりあえず、「検討します」とショールームを出た私たち。
たった一つ曲がり角を間違えただけで、全く別の選択肢が出てきたことに驚きました。
一旦倉庫のお家を!00%受け入れた直後に、突如出現したこの可能性。
これは一体どういうこと!?

実は、私たちにはいつかニュージーランドに住みたいという夢があるのです。
淡路島を初めて訪れた時、なぜかニュージーランドに似ていると感じて
淡路島に親しみを感じたのでした。

晴美が丘のお家は理想的だけれど、もしこの家を買ったらローンもあるし、
ニュージーランドに住むのはかなり遅くなるだろう、というのがパートナーの意見でした。
私は、この家を買っても、NZ行きの可能性は無くなる訳ではないし、
日本とNZを行き来するにもこの家があった方がいいと思いました。
なにしろ、理想のお家がすぐそばに手の届きそうなところにあるのだもの!

意見が平行線を辿る中、とりあえず一晩寝て考えよう、ということになりました。

宇宙は何でこの家を目の前に出現させたのか・・・
本当に不思議で不思議でたまりませんでした。

(続く)


晴美が丘の個人宅のお庭の噴水。
このお庭はこの街に住む人たちに開放されているそうです。
後ろに見えるのは夕陽に染まる瀬戸内海。


Categories: インスピレーション, 淡路島暮らし | 投稿者 arciel | 10:12 | コメントはまだありません

淡路島暮らしを決めるまで(3)

淡路島への引っ越しが急速に具体化していった中、
パートナーには幼稚園を途中で変えるのはどうだろう?という気持ちもあったようです。

確かに、今息子が通っている大阪市のシュタイナー幼稚園「くすのき園」は本当に素晴らしい幼稚園です。
先生方はいつも穏やかで優しく、シュタイナー教育を軸におおらかに子供たちを見守ってくださいます。
その上、保護者の皆さんは個性的で楽しく、知れば知るほど魅力ある方々ばかり♡
せっかくいいつながりができたのに、たった1年でお別れしてしまうのはあまりにももったいない話でした。

でも、それ以上に息子の幼少期を豊かな自然の中で伸び伸び過ごさせたい、
という気持ちが大きかったのです。
あと2年、小学校の入学まで大阪に住むという選択もありましたが、
津井での出会いが春の引っ越しを後押ししてくれたと感じていました。

2013年2月。
旧暦のお正月が過ぎた時、私たちは再度津井を訪れました。
現在入居中の方の了承をいただいて、お部屋を見せてもらったのです。
倉庫とはいえ、住居スペースはちゃんとお部屋や広い廊下があって
思った以上に普通の家のように暮らしやすそうでした。

そこで、入居申込書を送ってもらうようお願いし、
いよいよ具体的に引っ越し手順を踏む・・・という段階になった時、
何かが私の中でストップをかけたのです。

それまで、倉庫のお家に住むということに一つも疑いがなくて
他の物件など探したこともなかったのですが、
一応、他の地域でも探してみた方がいいんじゃないかと思ったのです。

そこでネットで探してみると、よさそうな物件が出てきたので、
もう一度淡路島に行くことになりました。

不動産屋さんにその家を見せてもらいましたが、
やっぱり写真と間取りだけではわからないものですね!
実際に見たら、すぐに「これは違う」と感じました。

その他にも新築の物件などいくつか見せてもらったものの、
見れば見るほど、最初に出会った倉庫のお家が私たちにとっては最善だとわかりました。
そして、またもや津井に戻り、
最初に出会った「キラキラスポット」を散策して
自分の決断に間違いはない!すべてに感謝!ありがとう〜☆と手放しで喜びました。

最後に迷ったけど、それは悔いなく決断するための後押しだったんだね。
よかった、よかった、万事OK!
とパートナーと笑いながら、帰りに道の駅うずしおのアイスでも食べて帰ろうかと
車を走らせていたその矢先、

なぜか、パートナーが右に曲がるところを左へハンドルを切ってしまったのです!
後ろから車が接近してきて、あわてて左に切ってしまったのだとか・・・

それが、運命の分かれ道でした。

(続く)


2013年2月11日に淡路島の伊弉諾神宮で引いたおみくじ。
裏にはちゃんと英語で書かれていました。
結果は中吉(Very Good)。転居は「さわりなし。急ぐな」でした。

Categories: インスピレーション, 淡路島暮らし | 投稿者 arciel | 09:49 | 2件のコメント

淡路島暮らしを決めるまで(2)

光のシャワーに導かれるようにして「津井」という町を再度訪れた私たち。
「貸し店舗」と書かれたお店の駐車場に車を停めて、あちこち散策してみました。
すると、目の前の高台にきれいな小学校がありました。
夏休み中で学校には誰もいないようでしたが、
裏門が開いていたのでちょっと校庭に入ってみました。

その小学校は、円柱型の校舎に淡路瓦が現代風に使用されていて、
床にも波をあしらった淡路瓦が所々にはめ込まれている、とてもユニークな学校でした。
地元の文化と子供たちへの愛にあふれた温かな雰囲気を感じて、
「この学校に息子を通わせたい!」と瞬間的に思ったのです。
あまりに嬉しくて、校門の前で息子と記念写真をパチリ。
当時3歳の息子はお腹がすいたとふくれっ面でしたが、私は満面の笑みでした^^

夏休みの終わったある日、津井への思いが高まった私はネットで物件を探し始めました。
海岸沿いに面している町のせいか、見つかったのはリゾート物件ばかりでしたが
それでもとにかく見てみよう!と、いくつか物件を見せてもらいました。

そこでわかったことは
・淡路島の西海岸は、冬は風が強いため寒い。
・内陸の方が住みやすい。
・地元の人は空いている家があってもあまり不動産屋に出さない。
ということでした。

そこで、南あわじ市の内陸の物件も見せてもらいましたが
やっぱり・・・違う。
不動産屋さんとお別れした私たちは、また津井に行ってみました。
最初に出会った光のシャワーの場所、「キラキラスポット」を目指して。

そこは、日本昔話に出てくるような可愛らしい古民家が数件並び、
その前には手入れされた緑の敷地が一面に広がっている場所。
妖精たちがおいでおいでと誘ってくれているように、自然と足が向いていきます。
青々とした草の上には、傾きかけた太陽の光がたくさん降り注いでいました。

ふと「この家主さんに家か土地を貸してもらえないか、聞いてみよう!」と思い立った私は、
古民家のブザーを鳴らしてみました。

しーん・・・
「ごめんください〜」声をかけてみても誰も出ません。
お留守なのかな?

さすがに個人宅を一軒ずつまわるのは気が引けたので、
近くの商店に行って聞いてみることにしました。
小さなお店らしき建物があったので、開いているかな?と覗き込んでいると
「どうしたの?」
お向いの衣料品店から女性が声をかけてきました。

「この辺りがすごく気に入って・・・どこかに空いている家はないかな〜と思って探しているんです」と話すと、
その女性は「そうなの。ここのどこが気に入ったの?」と意外な突っ込み!
私たちがこの場所の素晴らしさ、淡路島の良さをとくとくと述べていると
「実はね、来年の春にあそこの部屋が空くんだけど、そこはどうかしら?」と
近くの倉庫を指差しました。

え、倉庫???
あそこに人が住んでいるんですか?!

聞くと、1階は衣料品店の倉庫として使っているけど
2階は住居スペースになっていて、現在ご家族が住んでいるのだそう。
ちょうど来春に空くということなので、私たちにとってもまさに願ったり叶ったり☆

衣料品店に入ってお茶をいただきながら世間話をしていると
なんと、その店主ご夫妻と同居している息子さんご夫妻の子供(男の子のお孫さん)が、倉庫の隣にある幼稚園に通っているとのこと。
しかもうちの息子と同い年だそう!

なんかもう、奇跡的な出会いに感動しました。
一気に住まいと幼稚園、小学校まで決まりそうな流れに、信じられないくらい☆

その日は、倉庫のお部屋が空く時期がわかったら連絡をくださいとお願いして
津井を後にしました。
2012年9月中旬のことでした。

(続く)


その日の瀬戸内海。この海が私たちを呼んでいました。

Categories: インスピレーション, 淡路島暮らし | 投稿者 arciel | 11:50 | 1件のコメント

淡路島暮らしを決めるまで(1)

東京から大阪に引っ越してきたばかりの1年ほど前まで、
淡路島がどこにあるのかもよく知らなかった私。
当時は瀬戸内海の小豆島近くにある小さな島の一つ・・・くらいにしか思っていなかったのに(失礼!)、
まさか淡路島に引っ越しすることになるとは夢にも思っていませんでした。

淡路島に急速に魅せられていったこの10ヶ月のことを、
記録の意味も含め記しておこうと思います。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

淡路島との出会いは2012年5月。
GW真っ最中のある日、お天気もいいしどこかドライブにでも行こうかということになって
関西の地図を眺めていたら、パッと淡路島が目に飛び込んできました。
「淡路島に行ってみたい!」
これまで日本地図を見ても、全く目に入っていなかった淡路島が
急に輝いて見えた瞬間でした。

ちょうど、少し前にお友達の紹介で通い始めた美容室の担当者Nさんが淡路島出身で、
淡路島のアート山美術館がおすすめですよと聞いていたこともあり
アート山を目指して淡路島に出発しました。

そのときの様子はブログ「淡路島に行って・・・抜けた!」にも書いたのですが
淡路島から帰った途端、3.11から知らず知らずに溜まっていた身体の重みが全く消え失せ、
以前のようなワクワクした軽やかな感じが戻ってきて、
怒濤のようにインスピレーションが降りてきたりもして、
とにかく「目覚め」を感じた体験となりました。

淡路島との出会いは、それだけ衝撃的だったのです。

その後は、2週間に一度くらいの割合で淡路島に通うようになりました。
ちょうど季節も梅雨から夏になって、淡路島のシーズン真っ最中!
友だちファミリーとキャンプしたり海に行ったのも楽しい思い出です♪

そんな夏のある日、一度四国へ行ってみよう!ということになって、
香川県のオートキャンプ場で一泊することにしました。
その夜は蚊と蒸し暑さで堪え難い一夜となったのですが(汗)
翌朝目覚めてみると、空にくっきりと大きな二重の虹が見えました!

奇跡的な光景に感激しながら、早朝に香川を後にして淡路島へと向かいました。
これまで通ったことのない瀬戸内海沿いの道を走ってみよう!と車を走らせると
急に緑の中に光のシャワーが降り注いでいる場所に通りかかりました。
(その時の様子は「虹から始まった不思議な一日」にて)

一瞬で通り過ぎたのですが、あまりにも素敵な場所に心がぱぁーっとときめいたので
海で泳いだ後にもう一度そこに戻ってみました。
それが私たちが住むことになる「津井」との出会いだったのです。

(続く)


その朝見えた二重の虹。ここからすべてが始まりました。

Categories: インスピレーション, 淡路島暮らし | 投稿者 arciel | 12:35 | コメントはまだありません

新しいサイクルの始まり☆

昨日、2013年2月13日は私の誕生日でした。
2013.2.13と数字が213213と並び、
マヤカレンダーではkin1の日で、260日間のサイクルが始まった日。
新しい流れを感じます!

その日の午前中はインナースプレンダーアストロロジーのセッションがあったのですが、
誕生日の朝からセッションをするのは初めてかも!?
お越しいただきましたM様、どうもありがとうございました☆

この日、私は45歳になりました!
これまでブログで年齢は公表してこなかったのですが、
45歳を迎えて、なんだか今までにないエネルギーに満ちた感じがしているので
思い切って公表しちゃいます(笑)

アストロロジーでは45歳は、36歳から続く火星の最後の年齢域。
思えば、36歳からの9年間は

37歳:独立→Luc立ち上げ、セッションと翻訳開始
39歳:妊娠
40歳:出産(世田谷区から郊外の府中市へ引っ越し)
43歳:東京から大阪へ引っ越し

と、人生が急展開したような流れがありました。
こうやって振り返ると、火星らしく活動的だったけど、
精神的にはかなりハードな面もありました。

そして、45歳の誕生日を迎えた今は、
その精神的なハードさを乗り越えた後で
すがすがしくみずみずしい感覚が舞い戻ってきたようです。
マラソンでいうと、ようやく自分のペースで気持ちよく走れるようになった感覚でしょうか。
それでいて20代の頃のような溢れるエネルギーも感じます!

そういえば、少し前にGabriel’s Overview of 2013(ガブリエルの2013年の概観)という記事を読んだのですが、
そこでは「これからの50年で、200歳から250歳まで寿命が延びる」ということが書いてありました。
まさか〜!と思うかもしれませんが、そういう可能性もあると思うと
45歳なんてまだまだひよっこ^^
これからも新しいことにチャレンジしていきたいと思います♪

昨夜は新潟の親友かっちゃんからいただいた佐渡産の梅酒で乾杯しました。
どうもありがとう〜♡
お祝いメッセージを送ってくださった皆様もありがとうございます☆
新しいサイクルの始まりのkin1を迎え、
皆様もぜひ実現したいことを思い描いて、これからの260日間を楽しんでくださいね♪

Categories: インスピレーション | 投稿者 arciel | 11:30 | 2件のコメント

ポリネシアの精神性

普段TVは音楽番組と海外ドラマを録画して見る程度なのですが、
「世界ふしぎ発見!」だけは毎週欠かさず家族で見ています。
世界中の美しい風景と文化に触れることのできる大好きな番組ですが、
先日の「タヒチが燃える3日間!激走カヌー楽園伝説」は特に素晴らしかったです!

タヒチの透明な海と白い砂浜の美しさ。
それだけでもう心が躍るのですが、
世界最大のカヌーレース「ハワイキ・ヌイ・ヴァア」の参加者たちの
全力でカヌーを漕ぎ続ける姿は感動の連続でした。

タヒチの人たちの祖先は、1000年以上前にカヌーでポリネシアへ渡ってきた航海者たち。
カヌーの神殿であるライアテア島のタプタプアテア神殿で、
タヒチの語り手である男性がこう語っていました。

「このタプタプアテアは、ポリネシアでもっとも神聖な場所です。
かつてはハワイ、イースター島、ニュージーランドから
王たちがここに集まり、会合や儀式を行っていたのです。
言い伝えでは、ポリネシア人が最初にカヌーでたどり着いたのがこのライアテア島で、
ここを起点にしてポリネシアの各地に移住していったと言われています」


↑ポリネシア人の移動ルート(世界ふしぎ発見!より)

「カヌーは単なる移動手段ではありません。
ひとつの世界です。
ここでは食事をするにしても魚を獲るにしても
協力しなければ生きていけない。
それは今もポリネシアの精神として根付いています。
6人の選手が力を合わせてカヌーを漕ぐハワイキ・ヌイ・ヴァアは
「助け合い」というポリネシアの精神を象徴していると思います」

これを聞いたら、なんだかじーんときてしまいました。
ポリネシアの人々の、助け合い協力し合う平和的な精神性にとても惹かれます。

私は2007年にマナ・カードに出会ったのですが、
最近になってますますマナ・カードがしっくりくる感覚が強まっていました。
ハワイで誕生したマナ・カードはポリネシアの文化や伝統、精神性に満ちています。
マナ・カードで「ヴァア(カヌー・移動)」のカードが出ると無性にワクワクするのも、
自分の中にどこかでポリネシアの血が受け継がれているからかな?なんて感じたりもしました。
(引っ越し好きなのも、カヌーで移動してきたポリネシアの祖先に関係していたりして^^)

ちょうど数日前に、マナ・カードのセッションをプチ・リニューアルしたタイミングで
この番組に出会えてとっても嬉しい☆
大好きなハワイとニュージーランドに続いて、タヒチにもいつかぜひ行ってみたいと思います♪

Categories: Luc, インスピレーション | 投稿者 arciel | 11:43 | コメントはまだありません

ハートが喜ぶことだけをする

今朝、遠方に住んでいるお友達とSkypeでお話ししました。
30分のつもりが、気がついたら90分!
後半はほとんどセッションみたいになっちゃったけど、
お友達のスッキリした笑顔を見て私も嬉しい〜☆
お友達やお客様がシェアしてくれるテーマは、自分の中にも気づかされることが多くて、
一緒に気づいて手放すことができて本当に感謝です☆

今日の話の中でふと言葉をついて出てきたことに
「ハートが喜ぶことだけをする」というのがありました。
これは、私とパートナーの間でも昨年からじわじわと起こっていることなのですが、
2013年になってますます強く感じます。

例を挙げると・・・
昨年春、パートナーが東京に長期滞在して仕事をする予定だったのが
突然の頭痛で行けなくなりました。
おかげで家族が離ればなれで暮らすことはなくなったので、
結果的にはとてもありがたいことでした(おかげさまで彼の頭痛もすっかり治りました^^)。

私も、気持ちが離れつつあったものの、続けていたあるお仕事が
昨年秋に自然な形で終わることになりました。
その時にあえて自分から行動を起こそうとしたものの、
息子の一言に気づかされて静観していたら一番いい形で終わったのです。
(その模様はハッとさせられた子供の一言にて)

他にも同じようなことがいくつか起こって、一時的に仕事は減りましたが
その空いたスペースにパートナーは自分の好きなアプリを作ることができ、
私も興味のあることにより集中することができて、
気がついたら二人ともハートが喜ぶことだけをするようになっていました^^

今日のお友達との会話の中で、その流れを改めて思い出しました。
これからは、ハートに正直に生きることが一番大事☆

もう我慢することないよ。
ハートが喜ぶことをしよう。
それで自分も周りもハッピーになるよ♪

 

Categories: インスピレーション | 投稿者 arciel | 17:29 | 4件のコメント

夢が教えてくれた現実感の変化

昨夜、とても鮮やかな夢を見ました。
目が覚めてから現実感がガラリと変わってしまったほどです!
あまりにも印象的なので、ここにシェアしますね。

内容は・・・
Shadeというイギリスのアーティスト(実在しないと思うのですが、イメージとしては英ロックバンドSuedeのブレット・アンダーソンっぽい人)のミュージッククリップを最初から最後まで見ている、というものです。

火をつけたり化学反応の蛍光緑の光が出たり・・・と、冒頭からかなり過激なシーンの連続でしたが、
その最後に、電車に乗っていた人が気がつくと全員ホームの長椅子に座っている、
というシーンがありました。
彼らはもう電車に乗っていないことに気づいて、それぞれ歩き出すのです。

その場面があまりにも強烈で、一気に目が覚めてしまいました!

同じ電車に乗って同じ方向に進んでいると信じていたのに
それは幻想にすぎず、
実はどこにも行っていなくて、ただホームの椅子に座っていただけだった。
目が覚めてようやくその現実に気づいて、一人ひとりが自分で道を歩み出す・・・
そんなふうにも感じられます。

もしかして、これまでの世界がそうだったのかな!?
そんなことを考えていたら、
急に周りの世界がフニャフニャしてきて、柔らかいゼリー状のように感じられたのです。
あ、これだったら魔法が使える!と直観的に感じました。

それで世界が柔らかいうちに、いろいろと現実化したいことを思い浮かべていたら
いつの間にかまた眠ってしまいました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

夢の中で一曲分の曲をまるまる聴くのも映像を見るのも初めてだったので、
すぐにメモれば曲とPVが作れたはずなのですが(!)
残念ながら曲はもうすっかり忘れてしまいました^^;

でも、この気づきには大感謝☆
この固いように見える世界は私たちの思い込みが作ったものなのかもしれない。
現実は意識次第でもっと柔らかくなって、
粘土をこねるように自由自在に作れるものなのかもしれません。

いよいよ面白くなりそうですね☆

Categories: インスピレーション | 投稿者 arciel | 11:41 | 2件のコメント